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第九話 トルストイ兄弟の長男を道連れにした勝海のラプターを一緒に沈んだ長男諸共船でサルベージし、三兄弟揃った彼等を拘束した船のクルー達。船に上がり込んだ三男アレクセイの機体を調べたところ、彼等三兄弟はボンバルディア帝国の私掠船免状を取得していた事が明らかとなった。 「私掠船、って何?」 「国から許可貰って敵国の船を襲ってる連中だ。要するに国家公認の海賊だ。一応、建前としては軍隊の一部って事になってる場合も多いけどな」 「うわぁ・・・・海賊行為を取り締まるどころかむしろ推奨する国ってどうなのよ・・・・」 文弥から説明を受けて、葵は顔を引き攣らせる。 「戦争ではよくある話だ。相手の海軍の軍事力を削って自分トコの戦力を底上げできる、合理的な方法だ。それに『軍隊だから海賊じゃねぇ』っつったらそれまでよ」 戦場において戦いのどさくさに紛れて狼藉を働くものが現れるのはごく普通の出来事である。 特に敵対国の人間に対し、それらの犯罪を黙認する国などはいくらでもあるのだ。 戦争の実態を知り“水と安全はタダ”とまで言われる日本がどれほど恵まれているか、三人は嫌でも思い知ることとなった。 「ここでお前らにお知らせだ。いい知らせと悪い知らせがあるが、どっちから聞きたい?」 勝海が話題を切り替えようと二人に振った。 「じゃあいい知らせから」 「おう。とりあえず港が見つかったぞ。船もガワはボロボロだが中身は無事っぽいからな。そこまでだったらどうにか辿り着けるそうだ」 「ほう、そりゃ良かった・・・・で、悪い方ってのは?」 「悪い方は・・・・その港がボンバルディア帝国の領地だって事だ。しかも雪降ってる。ちなみにそこ以外に行けそうな場所はねぇ。無理にでも行こうとすると船がお釈迦になっちまうとよ」 目の前にあるのは自分達を襲った国の領土である。ここに停泊すればすぐに身元が割れるだろう。しかも、逃げ場はない。しかし無事に生きて海を渡るにはどうしてもここに停まらなければならないのだ。 「まぁ、まだ助かる可能性があるだけマシと思わなきゃな」 「そうよね、まだ死ぬと決まった訳じゃなし、それよりも勝海、あんたはまず―――― 「「服を着ろ」」 文弥と葵の前に現れた勝海は、生まれたままの姿を二人にさらけ出していた。 「わ、悪い・・・・ラプター水中に置いてった時にきききき着替えとかも全部濡れちまってよ、文弥、お、おめぇの着替え、か、かか貸してくんね?ささ、寒くてしゃーねーんだわ」 よほど寒かったのか、ガタガタと震え、くしゃみを連発しながら着替えを要求する勝海。恥ずかしげもなく、というより恥など気にしている場合ではなく、鼻水を垂れ流し、丸出しの下半身は縮こまっている。 「そういう事は先に言えよアホが・・・・」 舌打ちしながらも機体から衣類を引っ張り出す文弥。それを受け取った勝海は、特にどこかに隠れるでもなくその場で着替え始める。 「ちょっと!あんたはもうちょっとこう、どこかに隠れて着替えるとかそういう気遣いができない訳!?一応ここに女子がいるんですけど!!」 絶叫する葵に対して、勝海は振り向いて答える。 「ンなもん今更気にしたってしょうがねーべ。減るもんでもなし」 「さっさとその汚いゾウさんをしまえッ!!」 「ちょ、痛い止めて石投げないdアッーーーー!!!!」 葵の投石が勝海の股間に見事にクリオティカルヒットしたようだ。筆舌に尽くしがたい痛みに悶絶し、転げ回る勝海。 「俺、今ヒュッてなった・・・・どこがとは言わんけど」 「俺もだ・・・・アレは男として辛いものがあるな」 「ああ・・・・でも、あんな可愛い娘にやられるんなら悪く無いかな・・・・」 「マジでか・・・・俺もちょっとそんな気がしてきた」 それを傍から見ていた船のクルー達は勝海に同情しつつ、その光景を羨ましそうに見ていた。 ※※※ 勝海達の居る港から半日程の距離にある駐屯地の司令室に、一人のボンバルディア軍兵士が息を切らしながら走ってきた。 「大佐殿!伝令であります!!」 司令室のテーブルには、70代半ば程の鋭い眼光の男が頬杖をついていた。 「聞かせてみろ。どうせまた上のくだらん思い付きを聞かされるんだろうがな」 大佐と呼ばれた老兵の鋭い眼光が伝令の兵士を捕らえる。まるで心臓を鷲掴みにされたような冷たい感触が汗となって若い兵士の首筋を伝う。 「いえ、トルストイ兄弟が民間の輸送船に撃破されたとの報告が・・・・」 「ほう、あの小僧どもが斃されるか・・・・」 「はい、船には三機のアームドロイドが護衛についていた模様です。機種はラプター、アポロン、バジリスクで、特に水中戦用のカスタマイズ等は施されていなかったとの事です」 「あのヒヨッコ共がしくじりやがったのか、あるいはそれだけ強い相手だったのか・・・・そんな事はどうでも良い。大事なのは、ワシ等が出撃する口実ができたってぇ事だ」 「と、言いますと・・・・」 老兵はまるで獲物を見つけた獣の如き笑みを浮かべ、その瞳をさらにギラつかせた。 「奴等は今、どこにいる?」 「連中は現在、クニツィア港に向かっています!恐らくは船とアームドロイドを修理するつもりかと・・・・」 「そうか・・・・喜べ、クソ虫!お前達に本物の戦争ってやつを見せてやる!!」 「え?という事は・・・・」 「アームドロイドを出せ!全員に伝えろ、『朱槍部隊』、出撃じゃ!!」 老兵は兵士にそう言うと、足早に司令部を出て格納庫へと向かった。 ※※※ ようやく港についた勝海達は、機体を整備士に預け、修理の間、交代で船の上から周囲を見張っていた。 北国だけあり、トリマ王国ではまだ紅葉が残っていたが、ここでは既に雪が降り積もり、人々もコートやマフラーに身を包んで寒さを凌いでいる。 スミスから購入した武器で身を固めてはいるが、所詮は人間用の武器だ。アームドロイドに対抗できるはずもないことは分かりきっていた。 それでも何もしないよりはマシだと思い、三人で話し合ってやろうと決めた事だった。 アームドロイドの修理に関しては特に急ぐように頼んだのだが、他の二機はともかくラプターの損傷が酷過ぎてどうしても修理に時間が掛かるとのことだった。そこで、とりあえず戦えるようにして貰い、装甲は代用品で何とかするという形で話を付けたのだった。 他の二機に関してはダメージを受けた装甲板を取り替えるだけで十分とのことなので、通常より早く済むとの事だ。 とはいえ、手元に機体がない状態で見張りに立つのは心許ない。あまり何度も見に来られても集中できないとのことで、あまり整備士の所にも寄れないので三人で交代で食事や仮眠を取りながら、気を紛らわせるために雑談を交わしていた。 その多くはこの世界に来る以前の学校の友人であったり、同じゲームセンターでAWFをプレイする仲間達の話題であった。あの事件から十日ほどしか経っていないはずだが、短期間に様々な出来事を経験してきたせいか、随分と昔の事のように感じられる。 最終的に元の世界に帰りたいというのは三人の共通の願いではあったが、この世界で様々な人物と出会い、行動を共にするうちにこの世界にも愛着を持つようになっていた。 「・・・・早く帰りてぇなぁ・・・・帰りてぇけど・・・・」 「帰ったらこの世界の人達とお別れだし・・・・」 「もうやめようぜ?なんかさっきより辛気臭くなってねーか?」 「そ、そうね。見張りに集中しないと・・・・」 気晴らしに話し込んでいたつもりが更に暗澹たる気持ちになる三人。そこから更に気持ちを切り替えるために見張りを続行するのは本末転倒である。散々話し込んだ後に文弥がようやくそれに気付き、勝海と葵を窘めた。 「おーい!お前らのアームドロイドの修理終わったってよ、見張り代わってやるから取りに行ったらどうだー!?」 船のクルーの一人が大声で三人に呼びかける。 「お、マジで!?じゃあ行ってくるんで、後よろしくッス!!」 「おう、滑るから気ィ付けろよー!!」 三人は見張りを交代してもらい、機体を取りに行った。 「はいお待ちどうさん、お前さん方のアームドロイドは修理しておいたよ」 アポロンとバジリスクはそのままの姿で戻ってきたが、勝海のラプターは装甲板が外され、代わりにアームドロイドサイズの鎖帷子のようなものを着せられていた。 「おっちゃん、これがあんたの言ってた装甲の代わりか?」 「ああそうさ。代わりにこれを使えば機体の軽量化にも繋がるってなもんさ。代わりに防御力は下がっちまうがね。まあでもそれ程極端に柔いモンでもないし、 軽くなってるぶん機体の反応速度は上がってるはずだから避けやすいはずだしね」 念のため機体の動作チェックを行う勝海。確かに反応速度は上がっているようだが、勝海自身の反応が追いつかない程ではない。そもそも、AWFをプレイしていた頃は毎回ランダムで機体が変わっていて、何度もプレイしていれば嫌でも様々な機体に慣れてくるのだ。少々反応速度が上下したところで操縦に支障をきたす事はまず無い。 三人は整備士に金貨を払うと、そのまま船に向かった。石畳で舗装された道はツルツルに凍っており、歩くのにも一苦労だ。特にアームドロイドが転倒すれば、付近を歩いている人間が巻き込まれた場合、洒落にならないので、三人はじっくりと時間をかけて慎重に歩きながら修理中の船の元へと戻ってきた。 港から整備士の居る工房までで往復四時間で、機体を整備士に預けたのが昼前、待っている間の六時間程を見張りに費やし、同じだけの時間を費やして戻った頃には既に夜も更けていた。船の方は、クルー達の突貫作業の賜物か、九割がた修理を終えていた。 「おう、お前らか。丁度いい頃に戻ってきたな、もうそろそろ修理が終わるぞ。 これでボンバルディアともおさらばだ」 「良かったぁ・・・・やっとこの国から出られるのね」 「あぁ。とはいえ、最後まで油断すんなよ?まだ修理だって終わっちゃいないんだ」 「だな。気合入れて見張るか」 その時、三人の機体のセンサーが熱源を感知した。コクピット内にアラートが鳴り響き、機体のディスプレイに熱源の方向が表示される。熱源は、文弥のバジリスクに向かっていた。 「まずい、直撃するッ!!」 避け切れない、と判断した文弥は即座に武装転送システムを起動させ、転送されたシールドを正面に構えた。 ミサイルがシールドに直撃する。本体にダメージこそ無いものの、爆風により体勢を崩したバジリスクは転倒し、その勢いも相まって後方に吹き飛ばされるかのように滑っていった。どうにか海に転落する前に止まり、立ち上がろうとするも、先ほどの爆風で溶けた雪水が滑り、上手く立ち上がることができない。 文弥の心配をする間もなく立て続けに砲撃が繰り出される。修理中の船に命中するのを避けるため、船の前に並び、どこに弾が飛んでもカバーできるように陣形を整えた。 「ほう、咄嗟の判断力は悪くねぇ・・・・トルストイの小僧共がやられたのも合点がいく・・・・」 しわがれた、しかし覇気のある男の声が発せられた。 現れたのは真紅に塗装されたアームドロイドが三機。そのうちの一体はかなり改造されているが、そのシルエットからラプターのカスタム機である事が分かる。右手には機体色と同じ真紅に染められたスピアを持っている。恐らくはこのラプターこそが指揮官機だろう。 その他の機体はケルベロスとホーネットで、共に遠距離戦用の武装を搭載していた。 あの赤いラプターほどではないものの、どちらも強敵と見て良いだろう。 「するってぇとあんた等か? あの海賊共をけしかけたのは」 「別にワシが寄越した訳じゃねぇさ。あのアホ共が勝手に動いて自滅しただけの話だ」 「そうかい。じゃあ何で俺等んトコに来た?」 「決まってるじゃねぇか・・・・戦争できるってぇなら例え地獄だろうと出向いてやるッ!!」 「チッ、マジモンの戦争キチかよ・・・・しゃーねぇ、行くぞお前等!!」 勝海が動いた。ショットガンで牽制しつつ敵の紅いラプターに接近を試みるが、氷に足を滑らせ、移動も覚束ない。転倒しないように気を付けるのが精一杯でスピードが出せないのだ。 そこに赤いラプターが突撃する。スピアを真っ直ぐに構え、絶妙なバランスでスピードを落とす事なく勝海のラプターに突っ込んできた。スピアの切っ先が鎖帷子の一部を切り裂き、勝海のラプターの左肩を貫通した。 「流石に氷上の戦闘経験はねぇか。どうやってあのガキ共を退けたか知らねぇが、これから楽しませてくれるんだろ?」 「けっ、誰が戦争狂の戯言なんざ付き合うかよ!!」 スピアを掴み、ブレードで斬りかかろうとするが、赤いラプターはすぐさまトンファーを転送して持ち替え、いなす。そしてすかさず左手に持ったマシンガンを連射した。 勝海のラプターを包む鎖が千切れ飛び、装甲の施されていない本体に無数の弾痕が刻まれた。 葵のアポロンが赤いラプターを勝海から引き剥がそうとキャノンを構えるも、他の二機がそれを察し、アポロンに先んじてスナイパーライフルで攻撃した。 放たれた二発の弾丸はアポロンのキャノンの弾倉に命中し、爆発して使い物にならなくなった。 機体が吹き飛び、コクピット内の葵も鞭打ちとなって叩き付けられ、気を失ってしまった。 文弥がようやく立ち上がる頃には、完全に相手に主導権を握られていた。 葵を起こせばその間こちらは無防備になり蜂の巣にされる。だが、勝海の援護に行けば葵の二の舞になる。 この状況なら自機が多少危険に晒されようと葵を起こし、三対三で戦いに臨む方がまだ勝機があると判断し、葵の機体を揺さぶって無理やり起こした。 案の定二体からの波状攻撃が来た。通常の単発ミサイル二門に加え、ケルベロスの追撃用ミサイルがバジリスクとアポロンに発射され、二体を爆風で包み込んだ。 「葵ーーーーッ!文弥ーーーーッ!!」 二機が炎に包まれる瞬間を目の当たりにした勝海の、張り裂けんばかりの慟哭が周囲に響き渡った。 |